結局、OpenClawは過大評価されており、AIの価値はツールではなく計算能力に還元されるという結論に至ったが、現時点では完全に解決されたわけではなく、引き続き慎重に評価を続ける必要がある。
OpenClawは過大評価か、計算能力が鍵だ
OpenClawの評価と実態のギャップ
OpenClawが高く評価されている理由がいまだに分からないと感じている。自分はOpenClawを肯定的に捉えていたが、実際に使ってみると評価と実態にかなりの差があり、過大評価されすぎているように思える。推論モデルに依存する点が大きく、ClaudeやCodexをサブスクプランで利用しても大したタスクはこなせず、結局定期実行だけになっている。CodexのAutomationsで同様のことができないかと考えるほどで、ゲートウェイもCodexのリモートアクセスが可能になればアプリ単体で代替できるのではないかと感じている。開発者がOpenAIに参画したことから、将来的に同等の機能がCodexで実現される可能性が高く、OpenClawを使いこなしても移行コストが大きくなるだけではないかという不安がある。結果として、OpenClawを使い始めて得たものはストレスだけで、内部構造を理解すればするほど結局はどのモデルで動かすかに依存していると実感した。
AI時代の本質は計算能力のみ
AI時代に求められるのは複雑なタスクを遂行できるツールではなく、純粋な計算能力であるという結論に至った。Google DeepMindのCEOデミス・ハサビスとOpenAIのCEOサム・アルトマンが述べているように、AIの全ては推論能力であり、コンピューティングパワーが全てだという点は覆らない真実だと感じる。新たなツールやムーブメントが登場した際に過大評価に流されないよう、真実を見極めて適正な評価を下す必要があると自覚した。自分がOpenClawに対して抱いた違和感や落胆は、ムーブメントに流され過大評価した結果であると反省し、今後は計算能力という本質に注目して判断したい。
今日の反省
今日は自分の期待と現実のギャップを改めて認識し、過大評価に流された自分を反省する日とした。今後は計算能力という本質に立ち返り、ツールの hype に惑わされない姿勢を保ちたい。