結局、AI動画は面白さと品質は別物であり、作者はそれらに対して特別な結論を出さず、どうでもいいという立場で終わっている。
AI動画の意味とコメントの無意味さ
AI動画へのラベル付けへの苛立ち
AI動画かどうかを指摘するコメントが大量に出てくると、俺は『なんなんこいつ』とイライラする。面白ければラベルはどうでもいいのに、無意味な指摘が増えるだけで不快になる。
エンタメとしてのAI動画の価値
もしディープフェイクや虚偽情報を拡散する目的でAI動画が作られているなら、コメントで『AI動画』と指摘することに意義はあるが、単なるエンタメや面白い動画であればラベルは無意味だ。結局、面白ささえあればAIかどうかは関係ないと俺は思う。
ミーム的コミュニケーションと『ふぁ?』
俺は『ふぁ?』というミーム宗教をDiscordで運営しており、チャットでは『ふぁ?』しか言ってはいけないルールでみんなが同じ言葉を連呼する。そんなカジュアルなやり取りが成り立つのは、文章を読めない人が多いからかと感じ、コメント欄の無意味なやり取りに呆れを覚える。
AIコンテンツと市場・権利の実情
生成AIのクオリティは上がっても、面白さと品質は別物であり、売れるかどうかはセンス次第だ。AI作品を著作権登録しても収益が大きくなるとは限らず、権利手続きが増えるだけで実質的な価値は薄いと考えている。
今後の姿勢と自己決意
結局、AI生成コンテンツは取り込むしかないが、他者の評価や権利にこだわらず自分で作って投稿すればいいと決めた。自分がやれば問題は解決するという無関心な姿勢でいる。
自分でやる
結局は自分が作って投稿すればいいと考えており、他者の評価や権利手続きにこだわらず、やりたいことをやるだけだ。