リベラル思想と自分の価値観のずれ

更新 2026-04-23

リベラルな価値観や学歴重視の空気は一見良いが、根本的に自分の育ちや感覚と合わず、未解決のまま戸惑いが残っている。

大阪万博で感じたリベラル思想

去年の大阪万博に行ったとき、会場全体が弱者救済や環境保護、世界平和といったリベラルなスローガンで満ちていると強く感じた。弱い人を助けよう、エコを大切にしようというメッセージは確かに良いと認めつつも、俺は幼少期からヤクザが多い街で育ち、男臭さや力関係が根底にあったため、そこに違和感を抱かざるを得なかった。

田舎と東京の価値観の対立

田舎では喧嘩が強い人やオーラがある人が上位に立ち、逆らうと恐怖感が伴うのが普通だった。上京してからは、学歴やリベラルな姿勢がステータスとなり、大学生は学歴で人を測り、先生は優しさを装いながらもリベラルな「汚染」を感じさせた。俺は中卒で、都会の学歴社会に居場所がなく、表向きはバカにされていないものの裏でそう思われているのかは不明だ。モンスターペアレンツや偉そうな態度に対しても、田舎の感覚とはかけ離れた違和感が募り、結局自分の性に合わないと感じた。

都会での残された違和感

結局、都会のリベラルや学歴重視の空気は自分の中で消化できず、胸の中に拭いきれない違和感が残った。