AIかんぐりに対する苛立ちは残るものの、作品としての評価を重視し、AIを活用し続ける姿勢は変わらない。
AIかんぐりが多すぎてイライラ
AIかんぐりへの苛立ちと評価基準への不満
最近、AIかんぐりが多すぎてイライラしている。俺は面白ければAIでもリアルでも構わないという感覚だが、世間ではAIに対して強い嫌悪感を示す人が多く、作品そのものの評価ではなくAIというラベルだけで判断されていることが不合理に思える。
幻想としてのメディアとAIへの偏見
アニメも幻想であり、AIも幻想であり、リアルささえも結局は幻想の一種だと考えている。にもかかわらず、AIというだけで「見ません」と言う人がいるのは不当で、作品として純粋に評価してほしいという思いが強くなる。
ディープフェイク体験が生む嫌悪感の背景
AIへの嫌悪感は、ディープフェイクやAI動画で騙された経験が多いことが原因だと推測している。リアルな動画だと思っていたのに実はAIだったというケースが増え、被害者が増えることでAI全体への不信感が広がっていると感じる。
AIの今後と自身の立ち位置
俺はAI肯定でも否定でもなく、AI動画は今後も採用し続けるつもりだ。規制やAI表記必須の動きが出てくるかもしれないが、時代的にAIは受け入れられていくのが必然であり、周囲の意見に左右されずにやるべきことは変わらないと考えている。
AIかんぐりへの苛立ちは続く
結局、AIかんぐりが過剰になるたびにイラつくが、これは社会現象の一部であり、時間とともに収束していくことを期待しつつ、今はただその苛立ちを抱えている。