『記憶のセンターピン』を一冊の本にしたことで、一次素材を日記だけで終わらせるのはもったいないと改めて感じた。売るための肩書きや宣伝よりも、まず自分の仮説や価値観を作品として出すことに意味がある。消費者として読むだけではなく、提供者として作る側に回ることで、本そのものへの理解も深くなると思う。
自分で書籍を作る側に回る意味
記憶の仮説を本にした
今日は『記憶のセンターピン』という本を作った。記憶は場所に紐づいているのではないか、という自分の体験から出てきた仮説が中心にある。ホテル生活や旅の中で、場所には景色、感情、人、空気、匂いが束になって残っていると感じていた。写真や音楽や匂いも記憶のフックになるが、一番強いのはその場所にもう一度行くことだと思う。その仮説をまず自分の体験から出し、次に科学やAIのディープリサーチで答え合わせし、最後に自分の結論として固める三段階の構成にした。
完成度は悪くない
最近かなり本を読んでいるから、ハウツー系の本の中身も以前より見えるようになってきた。有益な内容は入っているが、思っていたほど圧倒的な差があるわけでもない。今回の本も、完成度としてはそこまで悪くないと思う。ただ、本は内容だけではなく、肩書き、宣伝、信頼の見せ方も大きい。自分は肩書きも名乗らないし、宣伝もほとんどしない。だから売れにくいのは分かっている。それでも、売れるかどうかより出すことの方が大事だと思う。
読む側だけでは浅い
本を観客として読むだけなら、分かった気にはなれる。でも自分で本を作る側に回ると、読書の入り方が変わる。提供者として構成を考え、どこに価値を置き、どうパッケージ化するかを一度やると、他人の本を読む時にも別の目線が持てる。消費者と提供者の両方の視点がある方が、本の本質や売れる本の構造も見えやすい。その理解は、別の領域の本質ともつながっていくと思う。
自分で作る方が誠実だ
有名人や一時的に影響力を持った人の本は、編集者やゴーストライターがインタビューして形にしていることも多い。それは合理的だと思う。プロに任せた方が売れる形になりやすい。ただ、自分はそこまで売りたいわけではない。AIを使っているにせよ、自分の考えを出し、自分で構成し、自分で本にしている。その方が、少なくとも自分の目的には合っている。金稼ぎではなく、経験、勉強、アウトプットとして見るなら、かなりいい訓練になっている。
数を出すことで質を上げる
日記を書くだけで消化するより、テーマに対する自分の定義や価値観が固まったら、一冊の本としてパッケージ化していく方がいい。工程が見えてくれば、作る速度も上がると思う。創作はバイブスの部分が大きいから、短期間で集中してやり切る方がいいものになることもある。まずは数を出す。100冊くらい出せば、どれか一冊くらいは届くかもしれない。楽曲を作った時も、数をこなす中で質が上がって、最後の方に手応えが出た。書籍でも同じことをやってみる。
興味があるうちに出す
次は『影響力の落とし穴』のようなテーマで、影響力の悪い面を書いてみたい。影響力は今いい面ばかり語られているが、その価値はどこかで一度暴落すると思っている。今は本を作ることに興味がある。だから、思想を広めたいとか、めちゃくちゃ売りたいというより、興味があるうちにどんどん作って出す。それだけで十分意味がある。