今日は『インフルエンスショック』をリリースした。副題は「影響力の価値が暴落する日」。昨日も本を出したばかりだが、こういうものはスピード感と試行回数が重要だと思う。結局は倍率ゲームだから、考えているうちに止めるより、興味があるうちに出して、読んで、また作る方がいい。
『インフルエンスショック』を出して失敗データを積む
思想が濃く入った本になった
今回の本は、今まで作った中でもかなり質がいい感覚がある。自分が感じたことをメモし、言語化し、それをベースにAIへ章立てや本文を作らせたから、自分の思想や考え方がかなり濃く入った。できたものを見返した時にも、最近読んでいる本とそこまで差がないように感じた。自分で作ったバイアスはあるが、それを差し引いても、普通にいいことを言っている部分があると思えた。特に最後の方は、自分で読み返していて感情が動くところもあった。
世間受けより作品としての流れを見る
最初は違和感もあった。この表現は世間受けがよくないとか、一般的には嫌がられるだろうとか、そういう感覚もあった。ただ、世間体を得るためにやっているわけではない。一つの作品として見た時に、構成も流れも今までで一番スムーズで、没入感もあった。だから、自分の中でも少しずつ成長している感覚がある。一方で、本や長文は読む側にも集中力が必要で、知らない人の長文を最後まで読むかと言われると、自分でも多分読まない。そこが難しい。
影響力を否定しながら見られる必要もある
この本では「影響力」をかなり否定している。でも現実には、影響力がなければそもそも見られない側面もある。そこには矛盾というか、複雑な気持ちがある。ただ、本当に言いたかったのは、影響力というノイズに依存するのではなく、構造で回る仕組みを作らないと残り続けないということだ。クリエイティブでも、ビジネスでも、事業でも、結局は構造が重要になる。影響力や属人性だけに依存していたら、長期的には残らない。
数を出して構造の強さを試す
こういう創作を遊び感覚でやれているのは、他にキャッシュフローがあるからでもある。収益性度外視で、自分の興味としてやれている。だからこそ、数を出すのは全然いいと思う。構造的に回らないなら、それは単純にそのレベルだったと割り切るしかない。本当にいいものなら、黙っていても広がる。自分が無意識でいいものを作れるレベルまで持っていかないと意味がない。そのためには数をこなすしかないし、失敗はしょうがない。
失敗データが成功確率を上げる
失敗が多い方が成功確率は上がる。1個しか成功事例を知らない人は、1回失敗しただけで絶望する。でも100回失敗して1回成功した人は、失敗データが大量に溜まっている。長期間かけすぎた創作物は、途中で継ぎはぎになりやすい。一部のファンは満足しても、知らない人を満足させられるかは別だと思う。本質的な価値は、一見さんにも通用するかどうかに出る。本でも、コンテンツでも、音楽でも同じだと思う。
失敗を記憶に残して次へ使う
失敗データは著作権みたいに、後からじわじわ効いてくる。人間は不快な感情の方を強く記憶するし、失敗の方が記憶に残りやすい。その記憶に残った失敗データを使って、次の成功確率を上げていく。まだ本というものの本質はよく分からない。ただ、毎日大量に本を読み、自分でも本を作っている。インプットとアウトプットを両方やっているから、興味があるうちに大量にやっていきたい。