今回の展示で残ったのは、作品そのものへの感動より、自分の鑑賞状態への違和感だった。面白い部屋はいくつかあったが、全体としては世界観のプレゼンを見せられている感覚が強かった。作品が弱かったのか、自分が刺激に慣れたのか、そこがまだ切り分けられていない。
展示会の外れ感と感度の鈍り
作品より自己表現に見えた
虎ノ門ヒルズで見た展示は、著名人やクリエイターが自分の部屋や世界観をワンルーム空間として表現するものだった。アートというより、空間展示やインスタレーションに近い。綺麗に作られてはいるが、完成した作品を見るというより、その人の世界観のプレゼンを見せられている感じがあった。個性はある。でも自分の中では、作品として完成されたものを見たいという感覚の方が強い。
生々しさとズレた発想だけが残った
その中でも印象に残ったものはあった。一番リアルだったのは、ゴミやティッシュや袋が散らかった部屋だった。綺麗に演出された空間より、生活の荒れや生々しさがそのまま出ている方が残った。落合陽一さんのぬるぬるした情報空間も良かったし、野性爆弾のくっきー!さんの部屋も作品として目に止まった。不動明王のような銅像が二輪の電動モビリティに乗ってこちらを見ている作品や、ワンルーム全体を森にしてしまう振り切り方も良かった。
人混みが鑑賞を壊す
最近かなり感じるのは、人が多いと集中できないということだ。展示会にはカップルや友達同士で来ている人が多く、写真を撮ったり喋ったりしている。自分は鑑賞しに行っているので、その空気がかなりノイズになる。多少値段が高くてもいいから、人数を絞った静かな空間で見たい。作品の強さ以前に、鑑賞環境が崩れると心が動きにくくなる。
刺激に慣れてしまっている
二千円の価値があったかと言われると、今回は微妙だった。場所代込みなら分かるが、感覚としては千円くらいで、外れ本を引いた時に近い。ただ、それは展示だけの問題ではないと思う。最近アートに触れすぎて目が肥えた可能性もあるし、刺激に慣れすぎてドーパミンが出にくくなっている感じもある。高層ビルや夜景も、昔ほど心が動かない。
高層空間でもしっくり来なかった
展示の後、虎ノ門ヒルズの高層階のバーでワインを飲みながら本を読んでいた。景色は綺麗だったが、しっくり来なかった。本当は高層空間で静かにぼーっとして、夜景を見ながら思考を漂わせたい。でも東京の高層空間はだいたい人が多く、情報量も多い。空間の高さや景色の強さより、人の多さで集中が切れる。
作品より人の話を聞く時期
今はアートから少し距離を置いた方がいい時期かもしれない。定期的には行くが、作品を見るより、人の話を聞くフェーズに移っている感じがある。講演会やセミナーのような、生の思考や言葉の方が今の自分には刺さりそうだ。展示で心が動かないことを、感度が鈍った失敗としてだけ見るのではなく、反応する対象が変わっているサインとして見てもいい。
モヤモヤを次のフェーズとして見る
東京に来てからいろいろ見て回っているが、最近ずっと少しモヤモヤしている。感度が鈍っているのか、刺激に慣れたのか、それとも次のフェーズに移行しているのかはまだ分からない。ただ、作品を大量に見るより、静かな環境や生の言葉を求めている感覚はある。この違和感は、次に何を見るべきかの手がかりかもしれない。