都市のビルに吸われる労働

田舎と都会の違いは、人の多さや店の多さだけではなく、どこに金と時間が吸われるかの違いとして見える。都会の労働者は働いても消費しても資本側に戻され、その一部が税や再分配を通じて地方を支えている。自分はその構造を疑わずに中へ入るより、どの網にかけられているのかを見続けたい。

田舎と都会では人の層が違う

田舎と都会を行き来していると、まず年齢層の差がかなりはっきり見える。田舎は年配の人が多く、都会は若い人が多い。都市部には欧米系の外国人が多く、九州や南側の観光地では中国人や東南アジア系の観光客が多い印象もある。場所ごとに人の流れが違い、その違いが街の空気そのものを作っている。

田舎は活力が弱いが穏やかでもある

田舎にいる人たちは、全体としてお金を強く追っている感じがあまりない。商業施設やイオンモールでぼーっとしている人も多く、活力が弱いように見える。ただ、それは悪い意味だけではなく、穏やかさでもある。年齢の問題もあるし、そもそも強い競争の中にいない。金が本当に欲しいなら田舎に残らない人も多いはずで、ネットで仕事をしている例外を除けば、意欲や抽象度の差がそのまま生活圏に出ているように見える。

高層ビルは労働力の変換装置に見える

都会に行くと、お金がある場所に見える。でも高層ビルから出てくる人を見ると、実際には会社員やサラリーマンがかなり多い。大手の高層ビルやヒルズ系の場所ほど、そこで働く人たちの姿が目立つ。もちろん資本家や本当に金を持っている人もいるはずだが、表に見えるのは雇われて働く人たちの方だ。あのビルは、若い労働力が土地と建物に変換された結果のように見える。

働いた後の消費まで吸われる

都会では、働いて得た金も、仕事終わりの娯楽で使う金も、結局は資本側に戻っていく。オフィスビルで働き、終わったら同じビルや周辺のバー、飲食店、レストランで金を使う。その店舗も土地や建物の上に乗っているから、最終的には賃料や資本の収益に吸収される。働いても吸われ、遊んでも吸われる。そこが面白いし、かなり残酷だと思う。

都市の余剰が地方を支えている

田舎には、そもそも搾取できるほど金を持っていない人や、強く働いていない人も多い。だから資本が直接吸い上げるというより、国の支援や福祉や生活保護のような再分配で支えられている面がある。都会では労働者の時間と金が資本、土地、建物に吸われ、さらに税として徴収され、その一部が地方に流れる。そう考えると、一番損をしているのは都会で真面目に働いている人たちに見える。

会社員の信用も網の一部になる

会社員には会社員のメリットがある。ローンを組めたり、銀行から信用を得られたり、社会的に扱いやすい立場を得られる。ただ、世の中はメリットを与えて人を動かす構造でもある。表面上の得だけを見ると、その裏で時間や資本をどう回収されているかを見落とす。会社を利用しているつもりでも、さらに大きな構造から利用されている可能性がある。

網を見抜く抽象度を上げる

資本主義は競争がなくならない世界だから、正面から勝つ力を持つか、競わない軸を作るか、裏をかく必要がある。都会の労働者は時間も資本もかなり吸われているのに、多くの人はそれを疑わずに真面目に働いている。自分も網を抜けているつもりで、別の網にかけられている可能性はある。だから油断せずに抽象度を上げ続けて、気づかない損を減らしていきたい。