六本木で見栄の距離を見る

今回の東京滞在で、六本木は自分の現在地を測る場所になっていた。見栄を張って歩く人も多いし、その空気はかなり東京らしい。ただ、その見栄の張り合いが露骨に見えるからこそ、人間観察の対象として面白く、自分の居心地の境界も見えた。

見栄は姿勢に出る

六本木にいると、みんな見栄を張っている感じがする。特に分かりやすいのは胸の張り方だった。そこまで張らなくてもいいだろうと思うくらい、男も女も胸を張って歩いている。普通に生活している人、カップル、飲みに来ている人もいるが、六本木で見栄を張って歩いている人は歩き方から違う。

渋谷とオフィス街の中間にある

前に東京にいた時は、新宿や渋谷にいることが多かった。でも今は、その二つがあまり居心地よくない。そこは自分の中で成長した部分だと思う。一方で、虎ノ門ヒルズや麻布台ヒルズのような港区の強いオフィス街も、別の意味で居心地がよくなかった。あそこは圧倒的な金持ちと、搾取されている労働者だけがいるように見える。

見えない上階に圧倒的な人がいる

オフィス街では、スーツを着たサラリーマンが仕事終わりに降りてくる。圧倒的な金持ちは見えないところにいる。ビルの最上階や、関係者以外が入れない会社のフロアにいて、普通に歩いているだけでは姿が見えない。その見えなさが、オフィス街の居心地の悪さにつながっていた。

六本木は露出している

六本木は、渋谷や新宿の雑多さと、超オフィス街の閉じた階層の中間にある。見栄を張る人が表に出ているし、女の子に見栄を張るために連れてきている人もいる。ツルとんたんで威張っている人もいるが、自分は普通にうどんとして好きだから行っている。そのズレも含めて、六本木は観察しやすい。

テラス席と距離感が合っていた

六本木がよかった理由には、意外とテラス席があることも大きい。渋谷や新宿、虎ノ門ヒルズあたりも含めて、落ち着けるテラス席はそこまで多くない。自分は中の席があまり得意ではない。うるさいし、クーラーもあるし、人との距離が近くなりすぎる。外の方が集中できるし、自分の中に「これ以上近づかないでくれ」という円がある。

今のコンフォートゾーンだった

次に東京に来る時には、もしかしたらオフィス街がコンフォートゾーンになっているかもしれない。でも今のところは、六本木が一番バランスよく感じた。いつも東京では目黒に泊まっていたが、次は六本木に泊まってもいいと思った。今回の東京で地理的に一番強く残ったのは、六本木が今の自分の居心地を測る場所だったという感覚だった。

場所は自分の段階を映す

街の居心地は、単に便利かどうかでは決まらない。そこにいる人の見栄、金持ちの見え方、人との距離、座れる場所、外に逃げられる余白まで含めて決まる。六本木がちょうどよかったのは、街そのものが特別だからというより、今の自分の段階と合っていたからだと思う。