今回の東京滞在で一番強く残ったのは、場所そのものより、その場所で見た一人の表情だった。都市の新規性や美術館の展示よりも、終わりを悟ったような笑顔の方が、自分の無意識には深く刺さっている。抽象度が上がる瞬間は、強い概念を考えた時だけではなく、誰かの表情が世界の見え方を一瞬で変えた時にも起きる。
最後を悟った表情の強い記憶
初日の記憶が一番残った
最近一週間ほど東京にいて、田舎と都会を行き来する中でまた少し抽象度が上がった感覚がある。前回来たのが一月ぐらいだったから、東京そのものに大きな新規性があったわけではない。それでも今回の滞在を振り返ると、初日に森美術館とシティビューへ行った時の出来事だけが、ほかの記憶より鮮明に残っている。
車椅子の女性が笑っていた
シティビューの展望台を歩きながら景色と人を見ていた時、衰弱した女性と、それを支える男性が目に入った。たぶんカップルか夫婦で、女性は車椅子に乗り、かなり痩せ細っていた。見た目だけなら病気で最後の旅行に来ているようにも見えたが、二人はずっとニコニコしていた。特に女性の表情が強く残った。
世界を愛おしそうに見ていた
その女性は、外見だけを見ると健康的ではなかった。でも表情だけを見ると、そこにいた誰よりも幸せそうだった。口角が上がっていて、今生きている世界を「なんて美しいんだろう」と見ているように感じた。お母さんが子どもを見るというより、おばあちゃんが孫を見るような、全部を愛している感じに近かった。
近くですれ違って記憶に入った
最初は遠目に見て、そういう人もいるなと思っただけだった。その後、携帯を触りながら歩いている時に前から人が来て、近くで顔を見たらその女性だった。軽く避けて会釈し、通り過ぎる瞬間にまた表情が見えた。その時もずっと笑っていた。その近さで見た笑顔が、自分の無意識にそのまま入ったのだと思う。
終わりを意識した時の景色
自分も昔、足の病気で手術をして、もしかしたら死ぬかもしれないと思った経験がある。その時にも感謝しないといけないとか、世界の見え方が変わる感覚はあった。ただ、それは本当に死ぬというより、もしかしたら死ぬかもしれないという段階だった。治らない病気や余命宣告のように、終わりがもっと近い状態なら、見える景色はさらに変わるのだと思う。
アートも後から再生される
旅行でも美術館でも、その場で分かるものより、離れた後に脳内再生されるものの方が本当の記憶になることが多い。森美術館も前に行った時はその場ではよく分からなかったが、帰ってリラックスしている時に映像が蘇った。今回も、今は女性の表情が一番強いが、後から別の展示や景色が浮かび上がってくる可能性はある。その時はまた記録すればいい。
無意識が重要だと判断している
何度も脳内再生されるということは、自分の脳がその情報を重要だと判断しているということだと思う。彼女が本当に何を感じていたのかは分からない。それでも、自分には終わりを悟った人が世界を愛おしんでいる表情に見えた。その表情が魅力的で、印象的で、東京の一週間の中で一番強い記憶として残っている。