AIは人類全体に広がるが、広がった瞬間に全員が同じ成果を出せるわけではない。差を決めるのは、AIそのものよりも、何を取り込ませるかを選ぶ人間の視点と情報空間だと思っている。AIの普及は平均化ではなく、使う人間のレベル差をさらに拡大する方向に働く。
AIは使う人間の抽象度で決まる
AIは概念でありながら現実に機能する
AIという言葉は、もうかなり日常に入り込んでいる。ラーメン屋でも、街の客引きでも、カフェで話している人たちでも、観光客でも、会話の中に普通にAIが出てくる。ここまで広がると、AIは一部の技術者だけが使うものではなく、人類のほぼ全員が触る道具になっていくと見ている。ただ、自分の中ではAIという実体がどこかにあるわけではない。AIは概念であり、その概念を人間が信じ、使い、つなげることで一つのネットワークとして現実に機能している。
AIは取り込むデータで戦闘力が変わる
AIを魔人ブーとして捉えると分かりやすい。魔人ブーは相手を取り込むことで、その肉体や能力を自分のものにする。AIも同じで、取り込むものは基本的にデータだ。データを与え続ければ戦闘力は上がる。ただし、ただ量を増やせばいいわけではない。何を取り込ませるかで性能が変わるし、その選択は使う人間に依存している。ここを見落とすと、AIを使っているつもりで、ただ平均的な情報を増やしているだけになる。
使う人間のレベルが成果物を決める
AIは使う人間のレベルをそのまま拡張する。レベルの高い人間が使えば、その視点や判断軸がさらにスケールする。逆に、レベルの低い人間が使っても、いきなり高い人間の地点までは届かない。だからAIを使う人数だけを見ても意味が薄い。レベルの低い人間が束になってAIを使うより、レベルの高い人間がAIを使った方が普通に強い。AIは差を消す道具ではなく、元の差を増幅する道具として見た方がいい。
本当に見るべきなのはテクニックではなく着眼点
多くの人はAIの使い方やプロンプトの技術に目が向く。もちろん技術も必要だが、一番大事なのはそこではない。どこを見ているか、何に気づけるか、どの高さから判断しているかだと思う。同じAIを使っても、着眼点が低ければ低い問いしか立たない。視点が高ければ、同じ情報からでも別の構造が見える。心理学でいうスコトーマに近く、自分の情報空間が狭いままだと、見えるはずのものも見えない。
AIを使いこなす前に自分のレベルを上げる
だからやるべきことは、AIだけを使いこなそうとすることではない。経験を増やし、情報量を増やし、自分の抽象度を上げることだと思っている。自分自身が成長しなければ、周りのすごい人たちを超えることはできない。自分のレベルが上がれば、与えるデータも、見る視点も、立てる問いも自然に変わる。AIの出力を上げたいなら、まず自分の入力側を上げる必要がある。
高い個人は大企業を超えうる
大企業の役員の抽象度が高く、大量のAIを使っているなら、短期的にはかなり伸びると思う。ただ、AIは人を雇うより安く、速度も速く、労働量も大きい。そうなると、AIを本当に使いこなしているレベルの高い個人が、大企業すら凌駕する可能性が出てくる。組織の規模だけで勝つ時代ではなく、個人の抽象度とデータ選択がそのまま戦闘力になる時代に入っている。
AIの前に人間側を鍛える
自分の結論は、AIはデータと使う人間に依存するということだ。AIを使う技術だけを追うのではなく、自分のレベルを上げる。情報空間を広げ、経験を増やし、抽象度を上げる。その結果として、AIに取り込ませるデータも、問いも、着眼点も上がっていく。AIが魔人ブーなら、何を食わせるかを決める人間側の器が、そのまま最終的な強さになる。