AIは強い道具だが、今の空気は少し期待が先に走りすぎている。みんながAIを話題にしているから価値があるのではなく、AIを使って何を計算し、何を蓄積し、どんな事業や判断に変えるかで初めて価値になる。結局、成果はAI単体ではなく、使う人間の思考力、成熟度、基盤づくりに依存する。だから自分はAIを使い続けるが、AIという言葉への熱狂からは少し距離を取る。
AI熱狂から一歩距離を取る
AIが共通言語になっている
最近、東京や都会に行くことが増えた。海外の情報を取り入れる機会も増えたし、インバウンドで日本に来ている外国人の会話も耳に入る。その中で強く感じるのは、みんなAIの話をしすぎているということだ。普通にラーメン屋の大将もAIの話をしているし、海外の人の会話にもだいたいAIという言葉が入っている。AIはもう一部の技術者だけの言葉ではなく、かなり広い層の共通言語になっている。
熱狂の根にあるのは期待
ただ、この熱狂を少し引いて見ると、AIそのものへの評価というより、AIに対する期待の大きさが前に出ているように見える。報酬系の話でも、ドーパミンは単純な快楽というより期待に強く関係しているらしい。買い物でも、宝くじでも、投資でも、「これを手に入れれば」「これに賭ければ」「これを始めれば」という期待が人を動かす。AIも同じで、これを使えば楽ができる、もっと稼げる、もっとスケールできるという期待が強すぎる。
AIの話題性と実際の使い方は別
実際には、多くの人がAIでやっていることは壁打ちやリサーチに近い。ChatGPTに聞く、文章を整える、少し調べる。その入口自体は便利だが、それだけで特別な差になるわけではない。AIの使い方を少し覚えた人が、使い方を知らない人に対して優位に立った気分になっている場面もある。でも、本当にやっている人はわざわざAIを騒がなくても使っている。言葉の熱量と実装の深さは別物だと思う。
AIは人間側の能力に依存する
自分もAIをかなり使っているし、期待している部分もある。ただ、使っていて分かってきたのは、AIの成果は人間側の能力にかなり依存するということだ。スマホは誰でも使えるが、時間を浪費する人もいれば、スマホを使って事業を組み立てる人もいる。AIも同じで、道具が強くなっても、何を任せるか、何を判断するか、どこまで制御できるかは人間側に残る。自分が成長しないと、AIを使いこなすこともできない。
企業のAI導入にも限界がある
企業が従業員全員にAIを使わせれば、少ない人数でどんどんスケールするという話もよく聞く。ただ、そこも冷静に見た方がいい。従業員の作業をある程度代替したり、時間を短縮したりすることはできると思う。でも、それがそのまま事業のスケールになるわけではない。百人の平均的な労働者がAIを使うより、一人の圧倒的に思考が成熟した人がAIを使う方が、はるかに大きく伸びる可能性がある。
少数で勝つ基盤を作る
だから自分は、少数で勝つ方を選びたい。一人ユニコーンも十分あり得ると思っているし、そのための準備もしている。ただ、今のAIにできることにはまだ限界がある。焦って熱狂に乗るより、今できる範囲でデータを溜め、計算できる基盤を作り、サービスや投資判断に使える形へ持っていく方がいい。AIの性能が上がるたびに伸びる土台を先に作る。そこに集中したい。
AIを使いながら熱狂から離れる
AIは使う。かなり使う。ただ、AIという言葉そのものに期待しすぎる空気からは距離を取った方がいい。周りがAIの話ばかりしている時ほど、AIで何を実装するのか、どの基盤を作るのか、自分自身の判断力をどう上げるのかを見る必要がある。AIのリターンは、AIだけから出るのではなく、使う人間と、その人間が作った仕組みから出る。そこを見失わずに進めたい。