エントロピー増大として部屋を見る

最近、自分の中でエントロピー増大の法則をかなり多用している。エントロピーという言葉はすごく都合がいい。たとえば、家に帰って部屋が散らかっているのを見たときに、部屋が散らかっている、片付けしないといけない、と思うと憂鬱になる。

散らかるのは自然

そういうときに、やばい、エントロピーが増大している、と思えばいい。散らかっていると責めるのではなく、散らかるのは当たり前として見る。エントロピーが増大しているだけなので、自分が悪いというより、自然の法則に沿っている。今は自然な状態になっている、と見ればいい。

散らかりはエネルギーの痕跡

さらに、基本的にはエネルギーがないとエントロピーも増大しないと考えると、散らかった部屋を見たときに、俺はすごいエネルギーを出している、とも思える。散らかりすぎていたら、半端ではないくらいエネルギーが出ている。そう見れば、ただ憂鬱になるだけではなく、エントロピーがやばいな、と突っ込める。

片付けではなくエネルギー配分

片付けよう、片付けなきゃ、と思うとまた重くなる。そもそも片付けるにはエントロピーに逆らう必要がある。だから、片付けるかどうかではなく、ここでエネルギーを放出するかどうかで考えた方がいい。別のところにエネルギーを使いたいなら、ここでは使えない。誰かに頼む、雇う、別の人のエネルギーで解決してもらう、というアプローチを考える必要がある。

ファイルにも使える

この見方は部屋だけではなく、パソコンの中のファイルにも使える。ファイルが散らかっていたら、エントロピーが増大している、と見ればいい。いろいろなところで使える。熱力学の基礎だと思うけれど、基礎にしてはかなり横転して使える。エントロピーの法則はそれくらい自然に近い。

自然を大事にするなら散らかりも自然

環境活動家のように、自然を大事にすると言う人たちもいる。でも、部屋が散らかるのも自然になる。エントロピー増大の法則だから。自然を大事にするなら、片付けることは自然に逆らう行為とも言える。もちろん理屈としてはかなり雑に使っているけれど、自分の中ではこの使い方がめちゃくちゃ便利になっている。

今は開発にエネルギーを向けている

今日も家に帰ってきたときに、エントロピーが増大しすぎている、と部屋に対して突っ込んでいた。ただ、片付けてはいない。自然だからというのもあるし、エネルギーがいるからでもある。今はそのエネルギーを開発に向けている。仕事、開発、自己認識、思考力に振り切っているので、生活側ではエントロピーが増大してきている。今回はその記録になる。