AIは需要に供給できて初めて意味がある

AIに関して、AIを使って何を生み出すかというアプローチがずれている人が多いと感じている。何かがAIでできた、動画が作れた、アニメが作れたという話はそれでいい。ただ、それが成功するかどうか、ビジネスとして成立するかどうかは別の問題になる。

できたことだけでは遊びに近い

動画生成AIで高品質な動画が作れる、映画が作れる、アニメが作れると、みんな試している。それ自体はいい。ただ、何かができるからやってみたというところで止まるなら、それはただの遊びに近い。ビジネスであれば、その結果がビジネスとして成立しなければいけない。

視聴者はAI動画を求めていない

AI動画であれば、見る人がいないと成立しない。そして見る人は、AI動画を見たいから見ているわけではない。その時点で、AI動画かどうかは視聴者が求めているものではない。動画が作れたとしても、需要に対して供給できていなければ成立しない。

動画は属人的な要素が強い

動画を見る理由には、その動画に出ている人を見たいからというものがある。ファンだったり、その人間が入ってくる部分だったり、動画は基本的に属人的なところが強い。人間じゃないと成立しない領域が多い。AI動画で供給できるならそれでいいが、AI動画で供給できないなら、AI動画ではだめということになる。

AIが目的化している

目的に対して、AI動画そのものが目的になっている人が多い。本来の目的はその先にある。AI、AIと言っている人ほど、そこが空っぽに見えることがある。着眼点やアプローチがずれているから、AIを使って何ができるかという話だけが増えていく。

平均的なタスクでは結果は出ない

AIはいろいろなことができる。ただ、結果を出すためのタスクは、AIだけではできない。結果を出すには、その分野で一流になるか、圧倒的な存在にならないといけない。平均的なタスクでは結果は出ない。雑務や、目的とゴールが明確なものには機能するが、そのタスクだけで何かを生み出せるわけではない。

一流がAIでスケールする

結局、一流しかAIを使って結果を出せないのだと思っている。そのためには、自分の能力、強み、弱みをちゃんと把握し、自分ならこの市場で勝てると理解している必要がある。その上でAIを使えばもっとスケールする。そこを考えずにAIへ寄っていくだけなら、AIを使っても同じで、結局弱い。

できることと結果が出ることを分ける

AIでできることは何か。そのできることで結果が出るのか。この二つは別の話になる。AIでいろいろできるようになっているからこそ、そこを分けて見ないとずれる。反面教師にしながら、自分はずれないように、もっと解像度を高めていきたいと思っている。