AIへの熱狂は世代ではなく使い方でずれている

AI界隈で一つだけ大きな違和感を感じている。それは、AIに熱狂しているのが若者ではないように見えること。若者も使っているし熱狂もしているが、中心に見えるのはエンジニア系の技術者や、経営者みたいな層になる。

熱狂の構造が逆転している

新しい技術や世の中を変える技術は、だいたい年長層にばかにされ、若者が熱狂する構造になりやすいと思っていた。ところがAIはその構造と違う。熱狂しているのはむしろおじさんたちのほうで、若者はAIに負けることを悟ったように、ああ何をしようかな、という感じでのほほんとしているように見える。

若者はコミュニケーションに使っている

若者が熱狂している使い方は、基本的にミーム動画に見える。AIで誰かをミームにして、その動画で楽しむ。ミームが共通言語になり、その人物を使ったAI動画をコミュニティの中だけで楽しむ。AIがコミュニケーションツールとして機能している。占いや相談相手、壁打ち相手として使うことも含めて、そちらがメインの使い方になる気がしている。

技術者と経営者は業務に寄せる

一方で、技術者や経営者はコーディングで使ったり、ビジネスで使ったり、業務効率化に使おうとしている。プレゼン資料を作るとか、Slackでの業務を効率化するとか、そういう方向に寄っている。でも自分からすると、そもそもプレゼン資料やSlackみたいなものを使う必要がないほうがいい。紙も早くなくなればいいと思っている。

会社よりソロのほうが身軽になる

自分はずっと前から個人の時代が来ると思っていて、個人で力をつけてきた。AI時代になって会社が完全に崩壊するとは思わないが、ソロのほうが強くなっていく感覚はある。個人のほうが身軽で速度も速い。AIを安価に稼働させられるなら、人を雇って、その人がAIを使って業務効率化するという形は、むしろ非効率になっていく。

みんなが肯定していることへの違和感

新しい技術が来ると、だいたい肯定と否定が半分くらいに分かれる印象がある。でも今はみんながAI、AIと言っている。否定があってもいいはずなのに、あまり見当たらない。全員が肯定しているように見えるものは何なのか、という違和感がある。過剰な期待もかなり混ざっているように感じる。

地方と都内でも温度差がある

地方ではAIと言っても、なんとなく知っているくらいの感覚がまだある。一方で東京に行くと、そこら辺のラーメン屋の店主がAIでレシピの相談をしている、みたいな話が出てくる。口を開けばAIという感じで、AIという言葉や概念が共通言語としてかなり普及している。その広がり方にも衝撃を受けている。

違和感はまだ残っている

自分もAI技術を実際に使っているし、衝撃を受けている一人ではある。ただ、年齢層のギャップ、使い方のギャップ、熱狂の構造が逆転している感じには、まだはっきり答えが出ていない。業務効率化やただの動画生成より、コミュニケーションツールとしてのAIのほうに可能性がある気もしている。そこがまだ、かなりもやもやしている部分になる。